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福岡地方裁判所 昭和46年(ワ)85号 判決

原告 破産者亜細亜レントゲン販売株式会社 破産管財人 苑田美穀

右訴訟代理人弁護士 立川康彦

被告 株式会社熊本相互銀行

右代表者代表取締役 松岡勝

右訴訟代理人弁護士 塚本安平

主文

被告は原告に対し金二一一万五三一五円及びこれに対する昭和四五年一一月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求(弁済を否認する旨の宣言を求める部分)を却下する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は前記第一項に限り原告において仮りに執行することができる。

事実

第一、申立

一、原告

「被告が訴外亜細亜レントゲン販売株式会社に対して有する別紙第一目録記載の貸金債権につき福岡法務局所属公証人中村平四郎作成第二二一九三三号公正証書の執行力ある正本に基き、債務者亜細亜レントゲン販売株式会社が第三債務者株式会社西日本相互銀行港町支店に対して有する別紙第二目録記載の預金債権についての差押転付命令により昭和四五年一〇月二〇日弁済を受領した行為はこれを否認する。

被告は原告に対し金二一一万五三一五円及びこれに対する昭和四五年一一月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行宣言。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

第二、主張

一、請求原因

(一)  訴外亜細亜レントゲン販売株式会社は債権者東洋レントゲン株式会社より昭和四五年九月九日福岡地方裁判所同年(フ)第三三号事件をもって、次いで債権者西本産業株式会社より同年一一月六日同裁判所同年(フ)第三六号事件をもってそれぞれ破産の申立を受け、昭和四五年一一月二四日午前一〇時破産の宣告を受けたものであり、原告は同時に破産者亜細亜レントゲン販売株式会社の破産管財人に選任されたものである。

(二)  破産者亜細亜レントゲン販売株式会社は昭和四五年四月九日被告銀行から金二〇〇万円を弁済期限昭和四六年六月三〇日、利息年利九・五パーセントの約定で借用していた。

(三)  ところが亜細亜レントゲン販売株式会社は前記破産宣告前である昭和四五年六月二二日手形不渡により倒産し、支払を停止した。

(四)  被告銀行は昭和四五年一〇月二〇日付福岡地方裁判所裁判官内藤紘二の発した債権差押及び転付命令の執行により訴外株式会社西日本相互銀行港町支店から前記亜細亜レントゲン販売株式会社に対する貸金債権の弁済として合計金二一一万五三一五円を受領したが、これは右亜細亜レントゲン販売株式会社の支払停止後である昭和四五年七月六日被告銀行が右事実を知って、にわかに、これと金銭消費貸借契約公正証書を作成し、同証書を債務名義として強制執行に及び弁済を受領したものであって、被告銀行の前記弁済受領行為は明らかに破産債権者を害するものであるからここに、破産法第七二条第二号にもとづき否認権を行使する。したがって被告銀行が訴外亜細亜レントゲン販売株式会社から弁済を受けた前記金員はこれを原告に返還すべきである。

(五)  よって被告銀行の前記弁済受領行為の否認の宣言を求めると共に前記弁済金二一一万五三一五円とこれに対し上記転付命令が第三債務者たる訴外株式会社西日本相互銀行に送達された後である昭和四五年一一月二四日(破産宣告の日)以降右完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、答弁

(一)  原告主張の請求原因事実のうち(一)ないし(三)及び(四)のうち外形的事実はすべて認めるが、被告銀行の弁済受領行為が破産法で定める否認権行使の対象になるとの主張は争う。

(二)  周知のように銀行が証書貸付に伴い作成する公正証書は貸付の都度作成するものではなく、貸付に当り締結する公正証書作成契約にもとづき、あらかじめの公正証書作成に要する印鑑証明書、委任状等を提出して貰い数ヶ月毎に一括して作成する慣行である。本件の公正証書も昭和四五年四月九日金二〇〇万円を破産者である亜細亜レントゲン販売株式会社に貸付けるに当り、あらかじめ締結された公正証書作成契約にもとづき前同日既に提出されていた印鑑証明書、公正証書作成委任状により同年七月六日他の債務者に関する公正証書とともに一括作成されたものである。たまたま作成時期が銀行実務の慣行から遅れたものに過ぎず実際は破産者が手形不渡を出す以前に被告銀行が破産者に信用を与え融資をした際締結された契約を実行したものであるから否認の対象とはならない。また、公正証書の作成自体は銀行融資に伴い当然とられる措置であって破産債権者を害するものではなく、もとより、その意思をもって作成したものではない。さらに、転付命令による弁済は法律の規定にもとづく法律効果として発生するもので破産者の行為によるものではないから否認の対象にはならず、いずれにしても原告の主張は失当である。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、原告主張の如く訴外亜細亜レントゲン販売株式会社が昭和四五年一一月二五日当庁において破産宣告を受け、即日原告が右訴外会社の破産管財人に選任されたこと。右訴外会社はこれよりさき同年四月九日被告銀行から金二〇〇万円を原告主張の約定で借受けていたところ、同年六月二二日手形不渡により倒産し、支払を停止したこと及び被告銀行が同年七月六日右訴外会社との間で金銭消費貸借契約公正証書を作成し、これを債務名義として同年一〇月二〇日付当庁裁判官の発した債権差押及び転付命令の執行により訴外株式会社西日本相互銀行港町支店から前記訴外会社に対する貸金債権の弁済として合計金二一一万五三一五円(内訳は別紙第一目録記載のとおり)を受領したことは当事者間に争がなく、これらの事実に≪証拠省略≫を総合すると、訴外亜細亜レントゲン販売株式会社は昭和四五年六月二一日を満期とする額面金一三〇〇万円、株式会社親和銀行福岡支店を支払場所とする約束手形の支払ができず、不渡りとなし、同月二五日銀行取引が停止されたが、当時同社と当座取引をなしていた被告銀行は翌二六日行員数名を同社に派遣して倒産したから当座取引を解約したいと申し入れて解約したこと、同年七月三日倒産に伴う同社の債権者集会がなされたが、それまでの間同社は大口債権者三名を債権者代表として同社の資産、帳簿など一切をこれに引渡していたので債権者側では同社の売掛金回収を急ぎ、回収分を同社債権者委員会臼田昌義名義で訴外株式会社西日本相互銀行に普通預金として預け入れていたところ、被告銀行は訴外亜細亜レントゲン販売株式会社に金二〇〇万円を融資した同年四月九日既に受領していた同社代表者の委任状、印鑑証明書を利用して公正証書を作成し、前記の経過で右預金債権の差押転付を受け受領するに至ったものであること、その後同社の破産管財人となった原告は前記臼田昌義から受領権限を受けて訴外西日本相互銀行に前記預金の払出を求めたが、同銀行は被告銀行からの前記差押、転付を理由にこれに応じなかったため、原告は債権者委員会と計り本訴を提起するに至ったことが認められ、他に右認定を左右する資料はない。

二、そうだとすれば、被告銀行が訴外亜細亜レントゲン販売株式会社(破産者)から前記差押転付命令にもとづき貸付金の弁済として金二一一万五三一五円を受領したのは同社の支払停止後支払停止の事実を知ってなしたことが明らかであるから破産法第七二条第二号により否認の対象になるといわねばならない。

被告銀行は、本件弁済受領行為は銀行実務の慣行にしたがい既に受領していた公正証書作成委任状、印鑑証明を利用して作成した公正証書により執行したもので作成時期が若干遅れただけのことであって、既になされていた契約を実行したものであり、もとより公正証書作成自体破産債権者を害するものではなく、且つその意思もなかったし、転付命令による弁済は法律の規定による法律効果として発生するものであるから破産者の行為によるものとはいえないので否認の対象にはならない旨強弁するが、破産法第七二条第二号は公平の見地から破産的平等弁済のため設けられた規定であって、如何に正当な権利行使であっても受益者が支払の停止、破産の申立を知ってなした以上前記法条に該当することは多言を用いるまでもなく明らかであって銀行実務の慣行など問うところにあらざるものである。また、同条項にいわゆる「債務消滅ニ関スル行為」とは前叙の立法趣旨から破産者の意思にもとづく行為のみに限るものではなく強制執行等破産者の行為の介在なき場合も含むと解するのが相当であるから、被告銀行の主張はいずれもこれを採り得ない。

三、ところで原告は、本訴において被告銀行の前記弁済を否認する旨の宣言とあわせて受領した金員の返還を求めているが、もともと破産法上の否認権は一般の取消権、解除権と同様実体法上の形成権と解され、その行使により直ちに権利関係が形成されるもので(破産法第七七条)、ただその行使が訴もしくは抗弁の形で為すことを要するものである(破産法第七六条、したがって抗弁の形で行使できる点でいわゆる詐害行為取消権と性質が異る)から、本件の場合の如く訴の形で否認権が行使された以上請求はその結果形成された法律効果のみを主張すれば必要且つ充分であるといわねばならない。もっとも否認の宣言を求める形成の訴も許されると解する説もないわけではないが、右の理由により法は、その利益なきものとして、かかる形成の訴を容認していないと解するのが相当であるから、否認の宣言を求める部分は不適法として却下せざるを得ない。したがって原告の本訴請求は被告銀行が受領した合計金二一一万五三一五円の支払とこれに対して被告銀行の右弁済受領後であること明らかな昭和四五年一一月二四日(破産宣告の日、なお、この関係は、否認権行使の結果、破産財団をして否認された行為がなかった原状に回復せしめ、よって財団が右行為によって受けた損失を填補することを目的とする法定の原状回復義務が発生するので受領したものが金銭である場合には、返還義務者は破産者又は財団が否認権の目的たる行為により、これが利用の機会を失ったため当然蒙ったと認められる法定利息を付して返還することを要するからその起算日は、本来、金銭の受領の日からとなる。したがって本件においては受領後であることの明らかな破産宣告の日をもって遅延損害金を起算している原告の請求は正当とすべきである)から原告の請求する民事法定利率年五分の割合による遅延損害金(法定利息)を求める限度で正当である。

四、よって右説示の限度で原告の本訴請求を認容し、その余の部分は不適法として却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 麻上正信)

〈以下省略〉

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